1. ◆ episode_00
  2. ◆ episode_01
  3. ◆ episode_02
  4. ◆ episode_03
  5. ◆ episode_04
  6. ◆ episode_05
  7. ◆ episode_06
  8. ◆ episode_07
  9. ◆ episode_08
  10. ◆ episode_09
  11. ◆ episode_10
  12. ◇ next...

【 ストーリー 】

◆ episode_00 / 夢

夢。夢をみている。私は深いまどろみの中を漂っている…。

そのまどろみが一瞬浅くなったその刹那、誰かが私の名前を呼んだ気がした。…否、いま確かに私を呼ぶ声がした。夢の中で誰かが私を呼んでいる…。誰?私を呼ぶのは…。それが誰だか私には皆目わからないのだけど、でもおかしなことにそれが私の知っている誰でもないだろうということだけはわかった。

「なぜあなたは私の名前を知っているの…?」

今度は自分から呼び掛けてみるが返事はない。

「…ごめんなさい。あなたは私を知っているようだけど、私はあなたを知らないわ…。」

私が呼びかけにそう答えると、その声の主はひどく落胆したようだった。いや、正確には「そんな気がした」といった方が正しいだろう。なぜならその声の主の姿はいまだ私には見えていないのだから…。にもかかわらず確かにそこに「いる」という確信だけはあるのだ。不思議といえば不思議…。でもまあ夢なんてそんなものだろうと、私は再び深いまどろみの中へと落ちてゆくに身を任せた。その声の主はそんな私を見ながら…ただとても悲しげな、寂しげな視線を送っていた。

…そんな気がした。
私にはそれがひどく、残念なことに思われた。

ページトップへ

◆ episode_01 / 廃屋...音の出ないピアノ

「あ~あ、もっとちゃんと音の出るピアノ弾きたいなあ…」

優子はもうすっかり口癖となった台詞をはいた。今日すでに3回目だ。そしてふと溜息まじりに上を見上げると天頂には真円を描く月…天窓だ。そこかしこが巡る年月によって傷んではいるものの、それでもなお豪奢な天窓から月明かりが優しく、妖しく差し込んでいる。いわゆる中秋の名月である。

「あ、今日って満月だったんだ…全然気付かなかった」

ー廃棄された、洋館。

刻限はまもなく12時を迎えようかという深夜である。そして目の前には…グランドピアノ。それもとびっきりの高級品。…だと思う。たぶん。まあ特別ピアノの機種に明るいという訳ではないので本当のところは定かではないが。でもこの重厚感というのか、圧倒的な存在感というのか…例え素人でもとにかく何だか凄そうだというのはわかる。きっと値段だって私がこれまで見たこともないような額がするのだろう。ただし…

「音、が、出ればねっ!」

…と、優子は眼前の鍵盤におもむろに手をのせた。しかし…その外見から想像せずにはいられない美しい音色を聴くことは叶わなかった。

「 ……………………………。」

ー音の出ない、ピアノ…

ページトップへ

◆ episode_02 / 優子と祖母 1

優子は音の出ない鍵盤の上で適当に指を走らせながら、大人達から見ればごく短い、しかし本人にとっては激動のこれまでの自分の人生に思いを巡らせていた。

優子は小学5年生。こんな時間にこんな場所にいるが別に素行が悪いという訳ではない。むしろ家でも学校でも折り紙付きの優等生で通っている。…はずだ。優子は勉強、運動と何でもそつなくこなす、傍から見れば文句を付ける余地の無い「優等生」である。

ーそう演じてきたのである。

思い返せば物心ついた頃からそうだった。小さい頃から優子は厳しく躾けられ育てられてきた。殊に祖母は厳しく、なんでも優子の祖母はもともと「名家」の出身(それも「財閥」といわれる程の名家)であったらしい。なのでその名家の血をひく優子にもそれにふさわしくあれとばかりにその高邁な精神論を叩き込まれた。…といってもそれは気構えだけの話で、別に当の優子にその名家を引き継ぐ権利があるという訳ではなかったから、優子にとっては単に迷惑この上ないだけの話であった。

ページトップへ

◆ episode_03 / 優子と祖母 2

その家(おばあちゃんの生家)は変わった家訓の家で、歴代の当主は必ず女子が務めるというその当時(100年位前?)男尊女卑の時代にあってはとても珍しい家訓の家だったそうだ。私の祖母はその何代目かの当主の孫(私からすると…おばあちゃんのおばあちゃん…つまり、ひいひいおばあちゃん?ええいややこしい!)にあたる。

となれば当然ウチのおばあちゃんにも当主継承権があったわけだが、どうも当のおばあちゃんはそういったことに毛頭興味がなかったらしく、当主の座の継承権を早々に辞退し、ハタチを超える頃にさっさと家を飛び出して私のおじいちゃんと結婚(しかも駆け落ち同然で★)してしまったというツワモノなのだ。

『駆け落ち同然で』というあたりは優子も年頃の女の子として興味と憧れを感じなくもないが、それに付随して高邁な精神論を叩き込まれるのは丁重にお断りしたいというのが正直なところであった。

ページトップへ

◆ episode_04 / 優子と祖母 3

その駆け落ち騒動の内におばあちゃんは生家と縁を切り(おじいちゃんとの結婚で姓も現在の姓に変わり)今日に至っている。おばあちゃんもそのことを隠しているという訳でもないが、逆に吹聴して回るということも無かったので、その内情を知る一部の人達を除いて私の家とその「名家」がまさかそんな関係にあるなどとは誰も夢にも思わないだろう。しかし今となっては…。

平たく言えばつまり「何の関係もない」ということだ。当然優子の家も大金持ちということはない。広大な庭園があって玄関に着くまでに車で15分も掛かることもなければ屋上にプライベートビーチがあるなんてこともない。いたって普通のごくごく一般的な中流家庭である。

 

となれば別に優子がその名家の高邁な精神とやらを受け継ぐ義務もないと思うのだが、そんな論理は祖母には全く通用しなかった!前述の通り「我が道を往く」を体現しているような祖母だったから、祖母言はく(これまた祖母の性格を現したように単純明快というか、大胆不敵というか)とにかく簡潔明瞭、「良いものは良い。」…と。家を継ぐとか継がないとかそんなことは瑣末な問題で、その教えが人間形成において非常に有益なのであればそれを学ぶ手はないではないかと…。はあ、まあおっしゃる通りで…。

ページトップへ

◆ episode_05 / 優子と祖母 4

まあ確かにそれこそ何十項目にも及ぶ「家訓」を全て身に付けたとしたら、それはそれは絵に描いたような公明正大、清廉潔白、それこそ何処へ出しても恥ずかしくない人物が出来上がるのだろう。それはそれで結構な人生だと思うが、好き好んでそれを身に付けるというのならともかく、またそうした義務を背負っている訳でもない優子にとってはとばっちりもいい所ではないか…と、本来ならば反抗するのが普通であったろう。

けれど優子は反抗しなかった。

…否、正確には当初優子も嫌がった。特に小学校に上がり自我が芽生え始めた頃は特に顕著だった。また優子が入学した学校自体はごく普通の公立校であった(入学以前は自宅でおばあちゃんから直接読み書きを習っていた)ため、特に周囲の同級生達と自分との環境の違いに気付いたとき、

「何で自分だけ?」

というごく当然の、理不尽な気持ちに苛まれたものだった。しかしある夜のこと…。

ページトップへ

◆ episode_06 / 優子と祖母 5

でもある夜、祖母が優子に語って聞かせた昔話が、優子の祖母への見方を変えるきっかけとなった。いや、聞かせた…という表現はあまり適切ではないかもしれない。というのはその夜、優子の祖母はひどく酔っていた。普段からお酒を嗜むことはあってもお酒に飲まれるなんてことの決してない人だったからそれは本当に稀有な出来事だと言えた。

詳しい話の内容は後述するとして、その夜、優子はいっぺんに祖母のことを「同じ女子として」好きになってしまった。だからその大好きな祖母が望むのならと、我ながら単純だと思うが、それまでの反抗心は何処へやら吹き飛んでしまった。また周囲の人達も同じように自分がそういう人間であることを求め、期待していた(そう感じた)し、そして自分がそれに応えることでみんな喜んでくれた。なら優子としてはもうこれといって反発するという考えもなかったし、何より優子には元来そうできるだけの素養があったから。

…そうしてはや11年。これまでそんな自分に別段なんの不満も無く、これから先もそんなふうに周囲の期待に応えながら日々を過ごしていくのだろうと漠然と思っていた。

      

…………………………………大好きな祖母が亡くなるまでは。

ページトップへ

◆ episode_07 / 心の穴

途端に優子は自分の存在理由、もっと単純に言えば生きがいを見失ってしまった。それでも長年染み付いた人間の習慣というのは恐ろしいもので、優子が生きがいを見失ったあの日から半年…少なくとも表面的にはそれ以前とまったく変わらない生活を日々淡々と過ごしていた。…否、見る人が見ればわかったのだろう。優子本人自身でも気付かないSOSを優子の心が発している微細な変化に。ただそうなった原因が「その微細な変化に唯一気付くことのできたはずの人を失ったこと」であったのはあまりにも悲しい話であった。

優子の平静…それは目の前に突きつけられた現実を許容できない心の裏返しだったのかもしれない。もしひとたび取り乱してしまったら、それこそ優子は自分自身を制御できるかどうかまるで自信が持てなかった。

…いや、さらに言えばそんなギリギリの状態にあることを当の優子自身ですら理解できていなかったというのがより真実を言い当てていただろう。

ページトップへ

◆ episode_08 / 心のつよさとその臨界点

その頃の優子は例えるなら決壊寸前のダムのようなもので、いつ何時、その抑えている感情の波が許容点を越え溢れ出すかどうかというギリギリのラインでなんとか踏み止まっていた。これがもしごく普通のありふれた環境で育った子供だったなら、もうとっくに限界を迎えているだろうことは想像に難くない。いや、むしろ素直にそう出来たほうがどれだけ健全なことだったろう。決壊したダムから溢れた濁流は確かに周囲に甚大な被害をもたらすが、しかしその時期が早ければ早いほど結果としては被害も小さく、また回復も早いのかもしれない。逆にいえば限界点が高くなればなるほど、いざ「その時」を迎えたときは…。

そう考えたとき、優子というこの少女がもつ、あるいはこれまでの研鑽で身に付けた心の強さというものが、まだ11歳のこの少女にとって有益なものだったのかどうか…考えさせざるを得ない。

ページトップへ

◆ episode_09 / 自問自答

ー優子は考える。

これまで何の問題もなく過ごして来たじゃないか、だからこれからもこれまでどおり同じように生きていけばいい…
おばあちゃんもそれを望んでいるはず…

ー優子は自問自答する。

本当に?
それで…いいの?

…あれ?
おばあちゃんって私にホントにそんなこと望んでたっけ…

何かもっと…大切なことを私は…
大好きなおばあちゃんから、
その生き方から、
その若い日の後悔の記憶から…

忘れちゃいけない大切なものを受け取ったんじゃなかった…?

ページトップへ

◆ episode_10 / 兆し

優子は祖母から受け取ったはずの大切な記憶を思い出そうとずっと考え続けていた。だがどうしても思い出すことができず、悶々とした日々を過ごしていた。無論、そんな様子をいっさい周囲に気付かせることなく…である。

そんな様子で、そのことばかりにずっと心を囚われていた優子だったが、最近になって優子の心に些細な変化が生じたのをごくわずかに感じ始めていた。

「これって何…?今まで感じたことのない気持ち…」

優子の心に変化の兆しを与えたものとは…?

ページトップへ


Copyright (C) 2002-2012 PICO'S_SCORE All right Reserved.